中学生、再生と加害の地「撫順」へ


柳条湖事件の現場で
柳条湖事件の現場で

 撫順の奇蹟を受け継ぐ会岩手支部は、二〇〇八年十二月に「第二回偽満州国平和を探る旅」を行いました。この旅は、「加害」と「再生」の地撫順へ日本の中学生を連れての学習の旅です。

 なぜ日本の中学生が今回の旅に参加したのか。

 それは、中学生が「撫順へ行ってみたい」という声を上げたことがきっかけで、私たちの会が、この子たちの願いを何とか実現させてあげることができないかと考え、広く周りに協力を呼びかけて実現したものです。

 この子たちは、突然声を上げたのではありません。小学校時代に総合的学習の時間に「戦争と平和」の問題を学習し、その中で「撫順戦犯管理所」で何があったのかを学んで、いつか撫順に行ってみたいとの思いを募らせていたのです。

 この子たちの小学校時代の担任だった佐々木宏紀先生に、この子たちがなぜこの思いを募らせていたのかについて聞いてみました。

 

 1 旅が実現するまでの経過

 

  私は小学校の教師をしています。平和教育にそれほど熱心な教師ではありませんでしたが、それでも以前には、日本が受けた空襲や広島・長崎の原爆、沖縄戦あ るいはニューギニアのビアク島などの問題について授業をしてきてはいました。しかし、それらはいずれも戦争の被害という視点での授業でした。

加 害の問題について小学生に教えることには躊躇がありました。どうしても残虐な場面を示すことになるからです。小学生は、残虐なシーンでは眉をひそめ、強く 拒否反応を示します。七三一部隊の読み聞かせは、途中で断念せざるをえませんでした。頭で理解する以上に身体で感じてしまうのが小学生。残虐行為の提示は 最小限度でなければなりません。

私 が数年前に出会ったのが、山形在住の児童文学者である花烏賊康繁さんでした。花烏賊さんから土屋芳雄さんと撫順戦犯管理所の話を伺う機会があり、強い衝撃 を受けました。この話には、人間性喪失と人道主義の問題、赦しと反省の問題など、人間理解を深めるために欠かせないことがいくつも含まれており、すぐれた 教材になるだろうことを直感しました。何よりも私自身の身体が強く反応していたのを今でも覚えています。

それ以来、私は今回を含めて四回撫順を訪れました。

 

今回の旅に行った中学生の六名のうち五名は、私が小学校三年から六年までの三年間担任をした子どもたちでした。小学校生活の半分は私と共に過ごしたことになります。

六年生の時の「総合的な学習の時間」で、十五年戦争をテーマに約五〇時間を費やして学習しました。

中心は、中国での加害の問題と撫順戦犯管理所での赦しが人間を一変させたという事実の学習でした。特に焦点を当てたのは、山形の花烏賊さんから学んだ(直接教室に来ていただき授業をしてもらいました)土屋芳雄さんの加害と謝罪についてでした。

 

写真 小学時代の学習の様子から

彼 らにとって最も衝撃的だったのは、戦犯管理所所員の「赦し」と土屋さんの「反省」の「壮絶さ」でした。管理所の所員があれほどの憎悪を超えてまで人を赦せ るのか、土屋さんが筆舌に尽くしがたい罪悪を背負い、その罪行を不特定多数の人に語り続けたばかりか、ついには被害者の一人に直接会い謝罪までできたのは 何故か、と彼らは問い続けました。

学習発表会では土屋さんの人生を劇化。その中で土屋さんが被害者に謝罪する場面の映像を使いました。十回以上も繰り返し視聴したのですが、終始一貫身じろぎもせず凝視する彼らの姿には、犯しがたい厳粛さを感じさせるものがありました。

学習の節目には、毎回感想を書かせました。それを読むたびに、彼らが事実から深く考え学んでいることに正直驚きました。それは、こちらの予想をはるかに超えたものでした。

 

昨 年の一月に一四名の旅行団で撫順の奇蹟を受け継ぐ会岩手支部の第一回「偽満州国平和を探る旅」をしました。五〇~六〇歳代の大人が強く心揺さぶられる姿を 目の当たりにしたとき、私は中学生になった彼らをこの地に是非立たせたいと思いました。そして、多くの方々の支援と協力によって実現したのが今回の旅で す。

この学年の子どもたち全員(二二名)にチラシを出したり、遊びに来た子どもに声をかけたりして参加者を募りました。遊びに来た子どもたちは例外なくみんな「行きたい!」と即答しました。

し かし、問題は旅費の工面でした。不景気で雇用事情が厳しい折です。一〇万円を超える額は容易に出せるお金ではありません。もちろん私にはここに投資するお 金は“塾通い”に投資するお金とは比較にならないほどの値打ちがあるものだという思いはありましたが、親の方々が同様に考えてくれるという確信は正直持ち 得ませんでした。そのため、八月に親のための説明会も開きました(親は五名、子どもは六名が参加)。結局今回参加した六名のほとんどは、この説明会に参加 した方々の子どもたちでした。子どものために決断してくださった親の方々には心から敬意を表したい気持ちでいっぱいでした。

 

 2 事前学習会において

 

 初めにこの旅に参加することが決まった五名(いずれも女子)で、九月から一一月まで合計五回の事前学習会を行いました(一名の女子は、一二月の出発直前に参加が決定しました)。

  中国の近・現代史を概括し、太平洋戦争についての復習、平頂山事件の概要と撫順戦犯管理所の復習あるいは現代の中国事情についてなど、資料を使いながら一 回当たり二時間前後の学習を積み重ねました。部活動や学校行事や塾通いなどで忙しい中学生、全員が揃わないこともありました。学校で疲れた頭に再び詰め込 まれて、頭がボーッとしてくることもしばしばだったようです。ギャーギャーと遊び始めた時は「お前らっ、何を考えとんじゃぁー!」と一喝することもありま した。

 最後の事前学習会は、①この旅で学びたいこと、②中学校生活の現状と悩みについて作文を書いてきたものを持ち寄り、話し合いをするというものでした。このとき、彼らは一様に涙を浮かべ現状の苦しさを語りました。

その主 なものは友達関係・対教師関係の問題でした。三〇数名の学級で、同じ小学校から行った友達は数名です。あとは他校から来ています。女子の場合はいくつかの グループができあがり、グループ単位でなんでも行動するといいます。自分にも行動を共にする相手はいるのですが「本当は嫌いだ!」というのです。「友達は 誰かの蔭口や悪口を言うのですが、それを聞くのがとても嫌なんです。でも、そういう態度はとれないので、なんとなく同調しているふりをするんです。」と誰 にも言えなかった本音を語ります。もしその子との関係を断つと、自分は一人になってしまう。それは堪らないから相手に合わせているんだけど、そういう自分 が嫌になってくる、辛い…、と心情を吐露します。「私はそれほど友達と深く付き合わず、自分のペースでやっているから……」と言っていた子も、その子の苦 しい胸の内を聞きながら涙を流していました。「自分のペースでやる…」のも、今の中学校の現状では決して楽ではないのです。

親 から中学校生活で苦しんでいる最中であることを聞いていた子もいました。入学当初は、なんでも前向きに発言し、積極的に学級の役を引き受け、授業にもまじ めに参加していたといいます。ところが、ほどなくして学級はマイナスの方向へ向かう言動が支配するようになり、前向きに歩もうとする子どもの足を引っ張り 始めたらしいのです。担任はそれに適切に対応することができず、この子を呼んで「なんとか手を貸してほしい。学級を立て直すためのリーダーになってほし い」と依頼したとのこと。しかし、それまでの担任の言動に対し信頼を寄せられなかった彼女は“離反”を決意します。担任に取り込まれた“イイ子ちゃん”と いうレッテルを貼られたら最後、同じクラスの子からどんな目に合わされるか分かりません。この子は、むしろ学級ではアウトローの立場にいた子どもたちに接 近していきました。授業に遅れて行ったり、給食当番をさぼったりと、これまでとは裏腹な反抗的な行動をとります。彼女も初めは抵抗があったそうですが、一 度禁を破ると「もうどうにでもなれっ…」という気分になっていったといいます。親は担任から「まったく生活態度が変わってしまいました。何か家であったの ですか?」と問われました。しかし、この子の話を聞いた親は「わが子を責めるだけでは何も解決しない…」と思ったそうです。ちゃんと彼女の苦しみを受け止 めようとした親がいたから、この子はまだ幸せでした。しかし、学校から帰宅後、ものすごく“荒れ”ていたことがよくあったそうです。ただし、彼女にはしっ かり学びたいという気持ちだけは揺らいでいなかったので、家での勉強はしっかりしていました。将来は大学へ行き勉強したいというのが、小学生時代からの希 望でもありました。

彼 女はきっぱりと言いました。「こんな自分じゃ駄目だから、自分を変えるきっかけとするために中国に行きたい!」と。我がカミサンも言っていましたが、事前 学習会で話を聞く時の目の真剣さは、他の子どもたちの比ではありませんでした。また旅の間中も、彼女は常に必死に何かを学び取ろうとしているのが手に取る ように分かりました。

蛇 足ですが、この子たちと同じ中学校に勤務している私の仲間内の教師からは、「今の中学校教師の多くが多忙化と厳しい学校環境の中でゆとりを失い、子どもた ちの“指導”ができなくなってきている。根幹となるべき教師と子どもの関係、子ども相互の関係を築くための方針が脆弱だったり稚拙だったりする。そのため の具体的かつ組織的な取り組みができず、気づいた時には抜き差しならない状態になっていることがよくある」と聞かされていました。人づてに聞いたのです が、その子の担任は、夜寝られなかったり、うなされ汗びっしょりになって目が覚める日々が続いていたりしたそうです(心身症でダウンする一歩手前まで追い 込まれていました)。学校が抱えている問題は一筋縄ではいかないのが現状です。

多少話が長くなりましたが、しかし、「学び」とは今直面している現実と無関係なところで成立するのではなく、むしろ現実問題と深くかかわる中でしか本当の学び足りえないと思っておりますので、子どもの生活現実についてもう少し語らせてください。

対 教師関係での悩みを語った子がいます。この子は感じたことや思ったことをストレートに表出してしまう傾向があります。おそらく教科担任によっては「なん じゃ、こいつは」と思ったのかもしれません。「同じことをやっても、他の人は許されても、私にはきつい言葉が返ってきたり、叱られたりする。エコひいきす るのがイヤだ」と泣きながら訴えていました(でも、今回の旅の途中では、「もう、そんなことはどうでもいい。解決したから…」と言っていましたが…)。授 業も聞いてはいるけれど横を向いたまま視線を合わせないそうです。この子が六年生の時、上の兄弟の学業の問題で夜も寝られないほど大変なことがあったとい う言葉を漏らしたことがありました。「自分はしっかり勉強して親の期待に応えたい」と語っていた記憶があります。とにかくよく努力する子でした。私が勧め た学習方法を忠実に用い、家庭学習ノートに何ページにも渡りびっしりと書き込んできていました。中学校での成績もかなり良いようですから、さらに学習に身 を入れていることだけは間違いありません。中国の受験競争とまではいかなくても、彼女が競争原理の中で勝ち抜いて行くという意志を持って取り組んでいるこ とだけは間違いなさそうです。

以 上のような話し合いをただ聴いているだけの子がいました。彼女は「私には何も悩みがないんだなぁと思った」と、ボソッと語りました。それ以上は何も話しま せんでした。私は、この話し合いを受けて再度作文を書いてくるように言いました。作文の条件は、「“頭”で書くのではなく“心”で書くこと」でした。この 子は第一回目の作文は書いてきていませんでした。おそらく、書くに足る内容が彼女の中に乏しく、書けなかったのだと思います。しかし、話し合いを受けての 作文では見事に自分の思いを書いていました。「悩みがないと思っていたけど、みんなの話を聞いて、本当は友達に合わせ学校生活に自分を適応させていただけ だった…」という趣旨のものでした。この子は旅の中で、その子に対して抱いていた私の印象を変えるような変化を見せてくれます。

 

ま だまだ語りつくせないのですが、差し障りのない範囲で旅立つ前の子どもたちが抱えている問題をクローズアップしてみました。私は、中国で向き合う歴史的事 実の中で、あるいは現地の中学生や中国の人々との交流で、自分が抱えている悩みや課題をどうとらえ直すことができるのかというのも、今回の旅の大きなねら いの一つでした。

 

  旅に出る前に中学生は

 

 中学生たちは、旅に出る前に四回の事前学習会をしたのですが、それが終わった後に次のような作文を書いています。

 もちろん、今回の撫順訪問を通して小学校時代に学んだことと、今回の事前学習会で再度整理し直した「戦争と平和」の問題への自分なりの課題意識を書いているのは当然として、今自分が学んでいる中学校生活への悩みが綴られていたのが特徴です。

 まず、中学生たちがどんな状況の中で今回の旅を迎え、どんな課題意識をもって旅に臨もうとしていたのでしょうか。

 

 「戦争と平和」にかかわって

 

◆私は、今回の学習旅行で学びたいことが二つある。

  一つめは、撫順戦犯管理所の職員について。日本の戦犯たちは、罪のない中国人をたくさん殺してきた。人体実験やごう問、虐殺をし、たくさんの中国人を苦し めていた。目つきが悪から、あやしいから、などという勝手な理由で、スパイだと思われてごう問をされていた人もいた。その中には、管理所の職員の家族や親 戚もいたと思う。そしたらきっと、日本の戦犯たちへは、ものすごい怒りやうらみはあったと思う。そんな日本の戦犯たちを世話するのはとても難しかったと思 う。しかし、職員の方々は戦犯たちに人道的なあつかいをしてくれた。何人もの人を苦しめ、殺害した戦犯たちになぜそのような対応ができたのか。私は小学校 の総合で学んだときから疑問に思っている。この疑問について、ぜひ学んできたい。

  二つめは、今の中国人は日本に対してどう思っているのかを確かめたい。学習旅行では現地の中学生との交流会がある。私はそのとき、ぜひ質問してみたい。家 族や先生から当時の話を聞いていると思う。たぶん、私たち以上に当時のことを知っていると思う。それに対し、中学生は日本人にどんな感情を抱いているだろ う。私は、日本人が犯したことは許されないことだと思っている。中国を支配し、人々をたくさん殺していたのは、当時の日本人である。しかし、同じ日本人と して、責任は全くないとはいえないと思う。昔の日本人が大きな失敗をしたからこそ、もう二度とこのようなことを起こさないようにするべきだと思う。

  今回の学習旅行では、この二つのことを特に学んできたい。また、旅行中にできた疑問や不思議に思ったことがあれば、しっかり学習してきたい。たくさんの人 たちからカンパをいただき、協力してもらっている。その方々がいるから、今回の学習旅行に行くことができる。なので、その方々の期待を裏切らず、内容の濃 い学習旅行にしたいと思っている。

 

戦 争の問題って言うのは、すごく難しい。加害者と被害者では当然加害者が悪い。だからと言って加害者が百パーセント悪い、とは言い切れないと思う。お国のた めに戦い、命を捧げることが美徳とされ、上官の命令は天皇の命令であり、逆らうことができなかったという時代背景を考えると、加害者を一方的に責めること はできないような気がする。しかし、それはあくまでも加害者の側の意見であって、被害者には言い訳に聞こえるかもしれない。大切な人を大した理由もなく殺 されたというのに「相手の事情も考えろ」だなんて、無理がある。誤って済む問題ではないが、いま私たちができる最大の償いは、心からの謝罪だと思う。加害 者である日本と被害者である中国。お互いの意見を聴きあうのに絶好の機会である今回の旅で、自分の考えを更に深めたい。

  十五年戦争の学習を進めていく中で、何故戦争が始まる前に反戦を訴える人々は立ち上がらなかったのだろう?と思うことが度々あった。これは、今の私たちに も同じ疑問を問いかけることができると思う。日本の自衛隊は、明らかに軍隊。それなのに、それをおかしいと言う人はほとんどいない。防衛庁が防衛省へと格 上げされたというのに、何とも思っていない。それは何故?と聞かれたら、私は見過ごしてしまっている、と答えるしかない。今は何ともないのだから将来だっ て大丈夫。実際そう思ってしまっているのが本心だ。憲法九条の改正の声もあちこちで囁かれ始めている今、日本が目指していることは分かりきっている。手遅 れになってからではどうしようもない。一年間かけて学んだことを無駄にしないよう、私たちにできることは何なのか、それを見つけるきっかけが今回の旅にな ればいいなぁと思う。

 

◆ 戦争については、私は昔の戦争は悪いことだと思います。それは、日本が利益を求めるためだけに行ったものだからです。けど、その戦争に加わっていた兵士の 人たちを責めるつもりはありません。その頃は教育で「天皇ばんざい」とか「戦争に行かなかったら非国民」という考えが植えつけられていたと思います。それ に、家族のために戦った人もいると思います。だからそういう教育をした上層部の人たちが一番悪いと思います。だからといって兵士の人たちがすべて悪くない とは言えないと思います。土屋さんだって最初はいやだったけど、やるにつれて罪悪感がなくなっています。だから鬼になってしまった時の兵士たちには責任は あると思います。でも、戦争の加害者である兵士たちも被害者であると私は思います。でも、中国の人たちが受けた痛みや苦しみに比べれば、ほんのちょっとの ものだと思います。だからこれから私たちがその罪をつぐなっていくべきだと思います。大きな運動は起こせなくても、署名だったり募金だったり今の私にでき ることをしたいです。

 

 今の学校生活上の悩み

 

◆私は中学校に入ってから、戦争への考えが薄くなってきていると思いました。小学校のころよりもニュースを見なくなり、新聞にも目を通さなくなりました。日ごろの学校生活でも、今までできていたことが、できなくなっています。

  二年生になってクラス替えをして、周りの悪い空気に自分は流されていました。最初のころは今まで通りに真面目で、やらなくちゃならないこともしっかりやっ ていました。でも、クラス内にグループができ始めた頃、私はどちらかといえばクラス内で目立っているグループに入っていました。「授業に遅れてもいいん だ」と言われたとき、それはダメなことだと思っていても、結局は授業に遅れていったりしていました。「ダメだよ」と言っても、「大丈夫」という友達の返事 に流される繰り返しでした。私も実際、その友達が好きで一緒にいて楽しかったので、一回ぐらいしたら後はもうしないようにしようと考えていても、結局は止 めることができませんでした。だからと言って一人で行動するのも嫌だったし、クラス内の他の友達は、はっきり言って合う性格の人はあまりいませんでした。 周りの人から「アイツは真面目でつまんない」などと思われてクラスで生活するのは辛いです。その結果、クラスの空気に流された私は時間も守らず、先生の指 示も聞かなくなりました。“こんなんじゃダメだ”と思っている自分が一番辛かったです。“もうどうでもいい”なんて言ったりしていた時期もありました。何 もかも嫌で、楽しくもないのに周りに笑顔をふりまいて、怒ってもいないのにキレたフリをして、自分が自分じゃないようでした。

  私は毎日のように先生に怒られていました。でも、何を言われても聞く気にはなりません。むしろ、反抗ばかりしていました。日頃から係の仕事はやっていない けれど、やっても何かしらの文句をつけられて、怒鳴られ、引っ張られ、たたかれます。私だって、放課後に学級委員の仕事を手伝ったり、体育祭では応援歌を 考えたり、頑張っています。でも、先生は悪いところばかりを見て、私のことなんて少しもわかってくれません。

 苦しかったです。辛かったです。誰にも話せなくて、今にもこわれてしまいそうでした。そんな時に誘いがあった中国行き。「行った後は、絶対変われるから」という先生の言葉を聞いて、私は行きたいと思いました。

  今では、もう忘れかけていた平和の大切さ。こんな今の自分に行く資格はあるのだろうかと思っていました。けれど、このきかくにたくさんの募金を集めてくれ た方々、募金をしてくれた方々の話を聞いて、学びたい、平和を守りたいと心から思いました。周りの空気に流されている自分は、「戦争は嫌だ」という感情だ けで戦争を止められるのだろうか。だからこそ、もっともっと、知識がほしい、学びたいです。小学校で学んだ三年間をムダにしてはいけない。そう思いまし た。

  現地へ行き、実際に話を聞いて、見て、実感したいです。もう今の自分は嫌です。平和を願う人たちのためにも、中国へ行き、たくさんの知識を身につけて、 帰ってきたいです。何か一つでも変われたらなと思います。私たちのために、このような機会を作ってくれた方々、本当にありがとうございます。たくさんの人 の気持ちをムダにしないように、五日間、しっかりと学んできたいと思います。

 

◆私は中学校二年生として、毎日学校に通っている。部活や勉強、生徒会などを今は頑張っている。しかし、毎日学校へ通っていれば、いろんな悩みが出てくる。

  私は、一年生の時から同じクラスの子と一緒に行動している。でも、私はその人のことが好きではない。自分の本当の気持ちをかくして、その人と一緒にいる。 こんなの嫌だと思い、何度もはなれようと思った。しかし、その人とはなれても一緒にいる人がいない。クラスの女子はみんなグループができている。仲の良い 人はいるが、グループに入ることはできない。でも、その人とはなれたい。どうしたらいいか分からない。不安だ。でも私は頑張る。きっと卒業するまでには、 心から話せる友達ができると信じて、学校生活を送っていきたい。

 これから生徒会の活動や、受験に向けての悩みや不安はたくさん出てくると思う。そんな時、一緒に頑張ってくれたり、はげましてくれたりする人ができればいいなと思う。学習旅行で、「これから頑張ろう!」と思えるような何かきっかけが見つけられればいい。

 今回の旅行は、きっと人生で大きな行事だと思う。行ってよかったと思える旅にしたい。

 

◆ 私が今悩んでいるのは、学校の先生とのつきあい方です。私はきらいな先生がいます。その人はひいきをするから、私はすごく、すごくきらいです。だからその 人の授業のときはあんまり聞かないで、そっけない態度をとります。そうしていると、その先生は私に注意してきます。それは平気だけど、一回すごくいやなこ とを言われたときがありました。その内容は、その時私ががんばっていることを否定するような内容でした。それに、その時私は怒られるようなことはしていま せんでした。それからその先生とは仲悪くなる一方です。でも私は態度を変えるつもりはありません。先生に言われた言葉を思い出すといつもつらくなります。 うまく言葉にできないけど、その先生との接し方?に悩んでいます。

 

◆ 最後の事前学習会で、今の中学校生活の現状と悩みについて話し合った。みんなは悩みがあるのに、自分だけが楽しく学校生活をすごしていることに気づいた。 みんなも、楽しいことはあるけど、その分悩みもあった。それで、家に帰って土曜日・日曜日と考えたけど、やっぱりすぐには(今悩んでいることが)出てこな い。

 月曜日、Мちゃんが「席替え」で困っていると聞いていたから(自分もだけど)、裏でごちゃごちゃ動いている奴らに、さりげなく「それって、平等にやってる?」と聞いた。そいつらの表情が少し固まった。後は、そのまま場を去ってしまった。

そ して、この時、悩み(?)はこれかなと思った。相手の気にさわらないように注意することはできる。でも、言った後に何をすれば良いか分からない。そして、 その場を逃げる自分。この自分のクセのようなものと向き合って、直そうとしていなかったこと。確かに「こんな自分ではいけない」、今回旅でこんな自分を乗 り越えていける何かをつかめたらいいなあと思う。

 

 

 

 

思春期特有の人間関係づくりの難しさを素直に語り合う、どこにでもいるようなごく普通の中学生たちです。この子たちが、「加害」と「再生」の地「撫順」を訪れて、何を感じ、何を学び、どんな新たな課題意識をつかんできたのか、それは、次回の「旅の報告」をご覧ください。